筆者/佐藤浩二
はじめに…。デジタルが跋扈(ばっこ)するこの世の中であっても、それらの世界は実はほんの僅かであり、それらに包まれている僅かな世界の外は、そのデジタルで検索さえすれば一応それらしき答えは検索できるが、真実は曖昧な森羅万象に支配されている世界なのである。その水面の底に、森の奥に、波音しかしない夜闇の海原に…蠢いている‶それら‶の声や姿を感じる時はきっとすぐにあると思います…。釣り東北ウェブ夏休み特別企画として、釣り場・フィールドで起こる、心霊・不思議な怪談を全6回でお届けしたいと思います。
秋の渓流・家路にて
関東に在住の山友が渓流釣りの師から聞いた渓流釣りで訪れた深山での話である。その師なる方は釣友2人で入渓したのはダム湖のバックウォーターの最奥部にある車止からのスタートであった。
ほどほどの釣果を得て竿を畳むきっかけになったのは夕方を前に降り始めた雨。渓流釣りも今シーズンもそろそろ終わりを感じさせるのは魚の色も然ることながら、雨の冷たさ、山間の空気というか色合いにも秋の気配、うら寂しさを感じさせられるようであったという。
車に着いて家路へ。何よりも深い森の林道はこの間まではまだ明るかっただろうにと思っていたのが、車のライトを点けなければならないほどの暗さである。九十九折の坂の登り下りを経て、この林道では100m程だろうか、植林された杉が山際にスクッと立ち、その反対側は眼下にダムの湖面があるはずだがこの暗さではガードレールより先は漆黒の闇である。
そこに伸びる真っすぐな林道、その中間辺りに何かある…。車がその何かに近付きライトに照らされると、それは「ある」ではなく「居た」のであった。人の後ろ姿である。「え?こんな山奥に人?」と思った瞬間、それは人は人でも子供だった。白いシャツにモンペ姿の、雰囲気からして女児であろうか?「え?え?まさか?幽霊?」と2人、顔を見合わせて冗談半分もありつつも、こんな時間にこんな所に子供が? と思った瞬間、その姿はスゥッと杉林の中へ。
その瞬間、2人共消えたのではなく杉林の中に入ったのだろうと、その姿が消えた辺りで車を停めて懐中電灯やヘッドランプをその木立の狭間の闇のほうにと照らし、内心、人であってくれと願いながら「おぉい、そっちに行っても危ないよぉ、こっちに来なさい」「どうしたの?お父さんとかお母さんとはぐれたのかぁ?」と声を掛けるも、返事はおろか、その姿も見当たらない…。
「やはり、あれは幽霊だったのでは?」と顔を見合わせ、ブルッと震えつつも車に乗り麓へと急いだ。麓に着くと寒村宜しく現代のようにコンビニもあるでもなし、時計は既に午後8時を過ぎている。雨に静まる部落の中、1軒だけ店頭から灯りが漏れている商店があったので、そこに寄り、腹に何か入れたら落ち着くだろうと入った。
初老の店主にこんな時間に村以外の人間も珍しいと言われ、バカにされるかもしれないと躊躇しつつも先ほど林道であったことを話した。すると「ありゃ、また出たのか」と拍子抜けというか、まるで当たり前かの如くの口調で「あんた達が見たのは●●村のタエコだ」と、まさか名前まで。
話を聞くと今ではダムの底に沈んでいる村で幼くして病気で亡くなった少女の霊らしく、親や親族がダム工事を機に村を去る時に墓所を杉が植林された小高い山の斜面の上に移したのだが、どうゆうわけか家に帰りたい帰りたいと、あんた達が見た林道の辺りでダムに向かい彷徨う姿が現れるのだそうだ。中には車に乗せた者も居たらしく、その話を聞いたら、恐ろしさよりも、大きなもの悲しさが2人を包んだ。初秋の冷たい雨の中、傘もカッパもなく家路を探していたあの後ろ姿が今でも心から離れないのだそうである。